■研究1:喫茶の伝播と変遷

喫茶の伝播と変遷:アナトリア・バルカン地域を事例として(2009)
A Comparative Study of Tea and Coffee Cultures: Anatolia and the Balkans as Examples(2009)

序章

 世界各地を陸路や海路で移動していると、現在の国境とは関係なく広がっている人々の習慣や文化の類縁性や多様性を実際に見ることができる。この類縁性や多様性が、なぜ、いかに形成されてきたのかを「喫茶」の伝播と変遷を通して考え、多様化する現代社会の理解につなげることが本研究の目的である。

  “グローバリゼーション”と呼ばれる時代、技術革新とともに物や人の交流が促進され、グローバル企業などの世界戦略によって、世界各地で同じ商品、食品が提供され、習慣や文化までもが画一化に進むように捉えられる場合がある。しかし、人類の歴史の中において、常に人とものの交流とともに、習慣や文化も伝播しており、それらは伝播先の土地の習慣や文化と融合し、時間とともに現地化されてきた。そして、現地化の結果として、現在見ることのできる空間的な広がりをもった、独自ともいわれる習慣や文化の類縁性や多様性が生み出されている。このことは、今後も習慣や文化は単純に一つに収斂するのではなく、異なる習慣や文化と接触することで影響を受け、変化しつつも、現地化によって、それぞれの習慣や文化に取り込まれていくことを示している。そして、現地化した習慣や文化も世代交代時に再構築を繰り返すことで、さらに土地独自とも捉えられるような習慣や文化となっていくことになる。

 このような習慣や文化の類縁性や多様性が形成される要因を考えていくにあたり、「喫茶」を対象にした理由であるが、まず一つ目に、習慣として国や地域、民族という枠組みを越えて人々の日常生活の中に定着しており、何を飲み、どのような道具を使い、何のために行われているかということを通して類似点や差異の比較ができることがあげられる。

 二つ目に、喫茶飲料である茶やコーヒーは地球規模の交易ネットワークに組み込まれ、歴史的に植民地活動との関わりが深いなど、政治、経済、宗教、技術など社会情勢の変化や自然環境の影響を受けながら時代とともに伝播・変遷しているためである。

そして、三つ目として、現地の習慣や文化と融合し、独自の喫茶文化を形成し、茶道具や書画、文学などの芸術、生活の規範となる作法などを生み出すためであり、政治的、経済的な面だけでなく、人々の文化的な行動や社会的な行動の基本的な問題も含んでいると考えられるためである。

 本論において、喫茶の類縁性と多様性を考えるにあたり、まず検証対象の限定を行ったうえで、喫茶の現状把握として飲料、物質文化、いれ方、飲み方の多様化の現状を国別に検証する。そして次に、原産地域からいかに周辺地域に伝播、変遷したかを時代背景とともに物質文化、いれ方、飲み方から伝播経路を探る。この検証過程で見えてくる喫茶の浸透、定着の諸要因について、事例から検証していく。最後にこれらの諸要因をアナトリアとバルカン地域の時間軸にそって見ていくことで、喫茶の類縁性と多様性の形成過程を見ていく。

 検証方法としては、検証の対象を限定した上で、喫茶の現状を把握するため、世界各地の物質文化として喫茶の道具類、いれ方、飲み方などを検証し、比較することで、喫茶の伝播や変遷、その土地の既存文化との融合を考える。特に茶やコーヒーなどの飲料および茶器などは、地域を越えて分布していることから、地球規模の交易ネットワークに組み込まれ、植民地経営との関わりも深いと考えられるので、これらに焦点を当て、伝播・変遷の要因を統計資料からも分析する。
 喫茶が広く人々の生活に浸透し、定着した要因として、茶やコーヒーのもつ覚醒作用などの効能や薬効という生理的要因があり、それは情報の集積、収集、交換の場を形成する社会的要因とともに、喫茶という「構造」の根幹をなす要素となっている。この茶やコーヒーが大衆化した背景には、政治、経済、軍事的な組織的活動が重要な意味をもったと考えられる。また、宗教上の理由による禁令や奨励、輸送技術や冷却機械の開発などの技術的な発展、社会の構造や情勢の変化、自然環境の変動の影響によって徐々に現状の多様な喫茶を形成していったと考えられる。

 この様々な要因によって喫茶は習慣として浸透し、定着した。そして、伝播地の既存文化と融合して新たな喫茶文化を形成し、作法を生み出し、生活規範ともなり、日常生活が営まれるようになる場合もある。それは人々、時代、地域、社会を表象し、その本質であるとみなされるようにもなる。また、世代の交代とともに再構築も行われているため、実際には流動的なものであることもみえてくる。同じ地域であっても社会階層が大きく分断されている場合は、喫茶も含め、階層ごとに多様な消費慣行が生じている場合もある。この消費慣行の差異からは喫茶もステイタス・シンボルとしていかに支配者によって強化され、創り出され、他の階層に広まっていったかを見ることになる。それは当時の社会階層や支配体制の構成や国家、経済政策を捉えることにつながり、それゆえ喫茶は我々の歴史・社会認識に重要な視座を提供すると言える。
 このように喫茶の伝播・変遷の諸要因を考察した上でアナトリア・バルカン地域を事例として、多様化する喫茶の形成過程を時間軸にそって捉えていく。この地域は、オスマン帝国がバルカン諸国へ進出した17世紀以降、煮出すアラブ式のコーヒーが浸透、定着し、バルカン諸国では現在もアラブ式で飲まれている。しかし、20世紀以降のトルコ共和国では国内生産が可能となった紅茶が主流となり、輸入品として高価であったコーヒーは儀礼や歓待の際の飲料となっていった。このように、17世紀以降に同質であったアナトリア・バルカン地域の喫茶は、20世紀に入り、茶とコーヒーという喫茶飲料の差異、またそれにともなう物質文化の差異も形成された。このような地域における、喫茶の伝播と変遷を時間軸にそって、空間的広がりをもった現在の喫茶の類縁性や多様性の形成要因をみていくことで、国境や地域を越える類縁性や多様性が、なぜ、いかに形成されてきたのかを考えていく。

 以上のことから、喫茶を構成する要素の伝播、変遷要因の検証によって、現代における世界の喫茶の類縁性や多様性の形成要因を捉えることになるだけでなく、過去の社会階層や支配階級における消費慣行の差異からはその構成や政策の理解にもつながる。さらに、喫茶は人々の文化的な行動や社会的な行動の基本的な問題も含むことから、社会生活の基層である習慣や文化の流動性を捉えることにもる。それゆえ、様々な要因と関連し合い変化し続ける人々の日々の営みから形成された現代社会を理解するために喫茶は有用な視座となると言える。


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