■地域研究2:ミャンマー1

『静かに激動するミャンマー(ビルマ)の今』(2012)

 本報告では、経済開放と民主化が進む現在のミャンマーにおける民衆の生活や政治について、仏教などの宗教を絡めて考えていく。そこでまず、2012年4月27日~5月6日に訪れたミャンマー連邦共和国で暮らす人々の生活などの現状を報告する。次にそのミャンマーの多くの人々の道徳観の形成に影響を与えるビルマの仏教や、精霊信仰をみていくとともに、仏教徒の人々が少数派である仏教以外の宗教をどのように捉えているかについてもみていく。これらを踏まえ、現在政府によって再度進みつつある経済開放と民主化の現状について考えることで、政府、宗教、民衆とのかかわりからなるミャンマーという国を、どのような「文明」として捉えることができるかについて考えていきたい。

 なお、現在の正式な国名はミャンマー連邦共和国であるが、国民民主連盟(NLD)などの民主化推進派は1948年の植民地からの独立時の「ビルマ」を国名としているため、文脈によってミャンマーとビルマを使い分けている。

 現在、ミャンマー連邦共和国の人口は5,884万人、構成する民族は、ビルマ族(約70%)、シャン族(約8%)、カイン族(約6%)、その他多くの民族が暮らす多民族国家であり、その宗教の構成は仏教(89.4%)、キリスト教(4.9%)、イスラム教(3.9%)、ヒンドゥ教(0.5%)となっている(*1)。 経済については、農業への依存度が約40%で、周辺のタイ(約10%)、ベトナム(約18%)に比べても高い(*2)。

1.ミャンマーの今(2012年4月27日~5月6日)

(1) 滞在都市と期間

滞在都市 滞在日(2012年) 国内移動手段
ヤンゴン 4/28、29、5/4 ヤンゴン⇒バガン 夜行寝台列車(約600km、18h)
バガン 4/30、5/1 バガン⇒マンダレー 現地系長距離バス(約250km、7h)
マンダレー 5/2、3 マンダレー⇒ヤンゴン 飛行機(約600km、1.5h)

(2) 対外国人旅行者への制約

・入域を制限された地域がある。
・外国人料金の設定(基本USD払い)ホテル、国内線、電車、船 ※バスは現地料金(チャット払い)
・ホテルの全てに外国人が泊まれるわけではなく、許可を取得しているホテルのみ宿泊可能

(3)ミャンマーの人々の生活

(a)人と街

人々と車
・町を歩く人々は傘を差しゆったりと歩いている印象。
・化粧品である木を削って水で溶いてつけるタナカを女性と未成年の男性がつけている姿を多く見かける。宗教、民族に関係なく利用されているようでサリー姿のヒンドゥ系の人もタナカをつけていた。
・車やバスはスピードを出したり乱暴な運転はみられない。
・電車で郊外に出ると高床式の家になる。電車が通る際に子供達がお菓子などを求めて等間隔に並んでいる姿が目に付いた。
・所作。丁寧に物を渡す際には右手のひじに左手を添える。エチオピアでも同じだった。

街並み
・ヤンゴンの街並みは、ダウンタウンから川にかけて築100年以上の植民地時代の建物が立ち並び、現在も使用されている。
・水飲み用の甕をいたるところで見ることができる。田舎町でも家の前や大きな木の下などに屋根つきの台が設置され、そこに甕とコップが置かれていた。
これは住人が用意しており、他の人にお水を飲ませることで功徳が積めるとされているためであり、ビルマ語のことわざには Yay A cho cel par 「イェ ア チョオ セイ パー」(水を飲ませると功徳を得られるの意)というものがある。
・バガンに流れるエーヤワディー川対岸は何もない更地。インドのワーラーナシーのガンガー対岸と同じような雰囲気。彼岸。舟で渡ることが可能。 ・ムスリムの店には「786」が掲げられている。

夕暮れ以降の時間
・夕暮れ時には道端でチンロンという球技をやっている。クリケットをやっている姿もあった。
・店舗は18時、19時頃には閉まるが、その後入口前には露店が並ぶ。売るものはさまざま。昼間は何もない歩道に机と椅子を置いた食堂も出される。
・ヤンゴンでは24時頃でも人は歩いており、ダウンタウンの治安は安定しているようにみえる。

対日感情
・日本人に対して友好的。ミャンマー人には英語ができなくても日本語ができる人がいる。
・ヤンゴンにはSakura、Tokyo、Japan、Fuji、Okinawaなど日本語を冠した建物やお店が多い。
・戦争を体験した世代では日本をよく思っていない人もいる。各地に日本人によって英霊の碑が各地に建てられており、ミャンマーの人々が墓守をしてくれている。

(b)信仰

・都市部においては、仏教、イスラム、ヒンドゥ、キリストの寺院や祠が見られる。
・仏教は特に歴代王朝に保護され、多くの寄進もあったため数も多く、ミャンマーの人々にとっては遺跡ではなく現在も人々の寄進によって修繕、改良、増築が進められている。
・精霊信仰といわれる「ナッ」については、祠が道端や各家の軒先、庭、家の中、仏教の施設内などいたるところにみられる。祠の中には、女神像や馬などが置かれ、水、草花、パパイヤなどの果物などが供えられている。家の中ではココ椰子を吊るす。
・仏教寺院の中には、精霊信仰ナッに関連したものが祀られている。また、ガネーシャを飾るヒンドゥ教徒の手相占いや中国人による占いなどが参道にあった。サリーを着た女性が仏教寺院を参拝している姿もあった。
・車やバスのバックミラーやフロント部分に花が結んであり、交通安全を願うものとのこと。
・工事現場に稲穂(?)が吊り下げられていた。

(c)市場の印象

・各町に一つはマーケットがある。ヤンゴンやマンダレーには巨大なビルの中に市場が入っており、品物によって区画がほぼ決まっている。路上にも多くの露店がでている。商品は豊富で、食物も多い。電化製品は1990年代前半以前だと思われる古いものが多く、カメラはフィルムのものが多く売られていた。
・野菜や果物など日常商品の販売の働き手は女性が大半。市場周辺の町工場のようなところでは男性が中心となっている。市場周辺の喫茶店には男性しかいない。

(d)食・嗜好品 もてなしの文化

東南アジアに通じる食文化とスパイスを多様したインド系食文化が融合している。少数民族料理もあるため、豊かな食文化。肉は鳥、羊、牛、豚となんでも食べることができ、魚も焼いたり干物にしたり、発酵させたりと加工法も食材も豊富。家を訪れる客人に対しては、食べきれないほどの料理でもてなす。

発酵系食材関連 食べるお茶として「ラペトゥ」という、お茶の葉を発酵させたものがある。お客の訪問があったときには、「ラペトゥ」と中国茶(イェヌィヂャン)を出す習慣がある。ラペトゥに使われる発酵したお茶の葉は、縁起が良いとされ、厄払いにもよく利用されている(*3)。
「ラペチェン」というものもあり、発酵した茶葉にスパイスなどを混ぜたもの。訪れた市場ではスターフルーツを塩とともに4ヶ月漬けて、ニンニクや唐辛子と混ぜたものも売られていた。
(「ラペチェン」著者撮影)

「ナッピィ」という調味料もあり、見た目は土のようだが、チェートンピュ(ニンニク)ガーユェーテイ(唐辛子)など数種類の野菜を混ぜて発酵させたものだと思われる。 魚は干物以外にも、原型をとどめない発酵させたような魚の山がたくさん売られていた。
(「ナッピィ」著者撮影)

嗜好品 巻タバコ:
庶民のものは一本25チャット(約2円)ぐらいから買える。インドのビリーよりも長くて太い。
・ コンヤー: キンマのこと。キンマの葉に石灰+ビンロウジ+タバコを入れて包むだけ。インドと比べ香辛料等が少ない。民族を問わず嗜好品キンマが嗜まれているため、壁が赤く染まりキンマ独特の香りが漂う。

ラペイェイ:
甘いミルク茶のこと。まずマグカップに練乳をいれ、別の陶器のカップにお湯とヤカンで煮出している紅茶(もしくはイェヌィチャン=中国茶)を入れ、それを勢いよくマグカップに流し込み混ぜる。その後マグカップから陶器のカップに注ぎなおし、最後に上からまた練乳を少しかけて完成(*4)。
別の店ではグラスで提供してくれるところもあり、そこでは下に練乳をお湯で割ったものがあり、その上に静かに紅茶を注ぎ込み2層にしていた(*5)。
このようなお茶のいれ方は、家で行うものではなく、喫茶店でのみ行われているとのこと。

コーヒー:
コーヒーはコーヒーと呼ばれる。インスタントのみ。マグカップにお湯入れ、インスタントコーヒーの袋とともにお客に出される。
飲み方: カップからソーサに移し変えて飲んでいる人がいた。聞いたところ、人とシェアするためにしたとのこと。そのほかにも、わざわざソーサに移し変えて飲んでいる人もいることから冷ましているものと思われる。イギリスにおいて紅茶を飲む際のマナーにかなった飲み方とされていたが、現在は廃れてしまった飲み方。

喫茶店(お茶屋) 客は男性のみであり、TVみたり、話をしたり、新聞読んだりしている。サッカーなどのスポーツイベントのときは大勢の人が来るらしい。 モヒンガー(米麺のラーメン)やペイ・プラタ(ピーナッツ・クレープ)などの軽食を取ることができる。テーブルにはイェヌィジャン(中国茶)の入った魔法瓶と中国式の小さなカップが置かれており、このお茶は無料で飲める。
居酒屋 生ビール400チャット。地元の居酒屋が多く、そこに観光客も訪れており、現地料金で飲むことができる。夜は22時~24時ぐらいまでは開いている。

(4) インフラ

(a)エネルギー

電気、ガス、水道の不安定さ。経済の中心でもあるヤンゴンにおいても、停電、断水は一日何度もある。復旧が遅い場合も多く数時間かかる場合がある。

(b) 交通
道路 道路状況は悪い。道路舗装率はタイの10分の1。高速道路らしきものもできつつあるので、今後幹線道路は改善される可能性あり。 車 日本車の中古が大半、右ハンドル。道路は右側通行。
電車 線路や車両の状態は極めて悪い。車両はイギリス統治時代のものも利用されている。 本数は少なく、縦揺れ横揺れが激しい。最上位クラスの寝台でも水漏れをし続けていた。席の予約は手書きノートで行うため、乗車する駅でないとできない。 タクシー: 車以外に、バイク、サイカー(自転車にサイドカーをつけたもの)、馬車がある。
バス 市内バスの多くが日本の中古バスのため、車道側に乗降口があり危険、まれに改造しているものもある。乗り合い(荷台)もある。 長距離バス: 外国人用はエアコン付き中古ツアーバス、現地人用は日本の市バス。
エーヤワディー川などの長距離フェリー、対岸に渡るだけのフェリーなど
情報技術

・ 固定電話は町のいたるところに机の上に電話を置いただけのような電話屋がいる。
・ 携帯電話もインターネットも利用は可能。
・ 携帯も使われているが、普及率は低く、2009年で54万回線(*6)、全人口の1%未満。
・ インターネット普及は進みつつあり、スピードは遅いが都市部にはネットカフェや、WiFiの利用できるカフェなどもある。

(5) 街から見た経済状況

(a)経済状況

都市部においては、車の交通量は多く、空港から市内に向かう道は渋滞をしていた。
市場や街中の露店には物がたくさんあることから、都市部では物不足はないように見える。 紙幣は現在5,000チャット(約500円)が最高額だがほぼ見かけず、次の1,000チャット(約100円)から使われている。しかし小額なため、銀行では多くの人が紙袋に札束を詰め込んで出て行く姿を見ることができる。そのままバスやタクシーで移動するらしいが、盗まれたりすることはないとのこと。

(b)外国資本

ヤンゴンのダウンタウンにおいては外資系のチェーン店はなく、中国語も中華街に行かないと見ることができない。
北部マンダレーでは多くの中国語の看板が出ており、ホテルの名称に中国語が併記されている。客室内や廊下にも中国語でかかれたものが多い。
マンダレーの人に聞いたところでは、土地も含めて中国資本のものとなっているところが多いよう。

(6) 街から見た政治と民主化

街中では、アウンサンスーチー氏の写真やNLD関連のグッズが売られていた。食堂や商店でも氏の写真を掲げた店舗があることから、軍事政権からの制約等は現在ないように思われる。 ミャンマー国内の人々との会話の中で、国名は「ミャンマー」であり、「ビルマ」と聞くことはなかった。


【著作権】
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【引用・参考】
(*1)JETRO http://www.jetro.go.jp/world/asia/mm/basic_01/(2012年5月16日閲覧)
(*2)JETROの統計より2008年度ベースでの算出
(*3)在日ビルマ人への聞取りより
(*4)バガンにあるニャウンウー村の市場で実見。
(*5)同上。
(*6)ITU(International Telecommunication Union) http://www.itu.int/ITU-D/ict/newslog/Burma+To+Expand+CDMA+Network+Capacity+Myanmar.aspx


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