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ワルシャワ
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ポーランドの首都、ワルシャワ。
ワルシャワは国が幾度も分割され、占領されるという、亡国の中断をはさみながらも400年以上中心都市として発展を遂げてきた。
その街も第二次世界大戦のドイツ軍による破壊、占領で壊滅的な打撃を受けたが、戦後、破壊前の中世の街を忠実に再現するべく、写真や人々の記憶から旧市街が再建された。
周りの強国に振り回されながら、愛国心旺盛な人々に支えられ現在のポーランド、ワルシャワがある。
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第二次世界大戦。
ドイツ軍に対するワルシャワ市民の蜂起。
しかしソ連軍の援軍はなく、20万の市民の犠牲と、街を破壊されドイツに降伏した。
戦後の復興とともにソ連社会主義圏に組み込まれ、その象徴でもあった文化科学宮殿が街の中心に今もそびえ立つ。
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クラクフ
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ポーランドの古都、クラクフ。
中世の中央ヨーロッパの文化的中心地として栄えた華麗な街並。
第二次世界大戦でも破壊されることなく現代までその街並を伝える。
中心に市場を持つ中央広場の周りを囲むようにレストランやカフェが並び、食事時には多くの人でにぎわい、
そこかしこに音楽隊が音楽を奏でていた。
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クラクフは1300年代後半からポーランドの都とすて栄えていた。
その中心である、ヴァヴェル城は1300年代前半から形作られ、それから数世紀をかけ改築を重ねてきた。
そのすぐ脇には竜の伝説のある龍の洞窟があり、その近くには火を吐く龍の像が置かれている。
クラクフは古都としての伝統と、伝説を楽しみながら、中世を感じ、散策できる街。
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アウシュビッツ
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第二次世界大戦、アウシュビッツ。
「ARBEIT MACHT FREI」
「働けば自由になる」
そして、その門をくぐればもう生きて帰ることができなかった。
人間とはそれが自発的であれ、強制に対する自己防衛であれ、自己陶酔のなかであれどんな残虐なことでもやれてしまう。
流行、大衆迎合、扇動。
人間が生きていく中で人と同じならという安心感。
自分自身の目で見て、判断することができないと後世に悲劇と言われることを繰り返す。
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アウシュビッツにはいまだに生々しく当時の惨劇を見て、感じることができる。
シャワー室という名の毒ガス室。
殺されていった人々のメガネなど遺品の山。
処刑が行われた壁。
歴史上、戦争が人間の生活に与えるインパクトは大きく、その破壊と創世は終わることなく繰り返され、今の社会が造り上げられてきた。
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ビルケナウ
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アウシュヴィッツ第二強制収容所ビルケナウ。
100万人を超す人々が虐殺された。
ソ連軍による開放直前にドイツ軍によって虐殺の痕跡を消すためにビルケナウは破壊され、現在もそのままの瓦礫を見ることができる。
ドイツ軍も虐殺とは何かが分かっていたにもかかわらず、なぜ日々虐殺を繰り返していたのか?
人の弱さ、それを正面から見つめ、考えさせられる。
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ヴェリチカ岩塩坑
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クラクフ近くのヴェリチカ岩塩坑。
ポーランドの王朝の重要な財源として700年以上、岩塩の採掘坑として使われていた。
岩塩坑内、地下100mには宮殿ともいわれるほどの豪華なシャンデリアのある礼拝堂が作られ、その床から天井まで全て岩塩でできている。
今は多くの観光客の訪れる観光地として人々を集めていた。
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