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王の広場、エマーム広場
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エスファハーンの王の広場。
イスラム革命後はエマーム広場とよばれる。
サファヴィー朝の都がアッバース1世によりテヘラン北西のガズヴィーンからエスファハーンに遷都され、
17世紀の前半に20年以上の年月をかけて造営され、世界の半分ともいわれる広場。
青いタイルで覆われた王のモスクや王族専用のモスク、バルコニーを持つアーリー・ガープ宮殿などが広場を囲む。
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マスジェデ・シャー
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王の広場の南側。
広場から右斜め45度に曲がって建てられてた青く美しい寺院。
17世紀始めにサファヴィー朝のアッバース一世の命で造られ始め、完成までに25年以上の歳月をかけた。
マスジェデ・シャー、王の寺院と呼ばれていた寺院。
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スィー・オ・セ橋
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王の広場周辺からザーヤンデ川へ。
王の広場、アーリーガープー宮殿の裏からの眺め。
街を南に歩いていくと美しい橋が目に入る。
スィー・オ・セ橋。意味は33橋。
アーチが33あることから付けられた名前。
橋脚にはチャイハネもありそこでは河を眺めながらのんびりチャイを飲を飲める。
地元の人々の憩いの場となっている川辺の風景。
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ジョルファー
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エスファハンの南側、アルメニア人が暮らすジョルファーがある。
イスラム教徒が大半のイランにおいて正教会の教会も多くあるキリスト教地区。
ジョルファーとはコーカサスにあった地の名。
サファヴィー朝とオスマンとの争いの中、アッバース一世により30万といわれる人々が故地からエスファハンへ移住させられた。
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そして、アッバース一世により免税や商業特権が与えられ、教会もたてられるなどの配慮もあり、アルメニア商人の邸宅なども立ち並んだという。
しかしその後、エスファハンのさまざまな地区に住んでいたキリスト教はジョルファーに集められるようになり、宗教により住む地区が分かれるようになっていった。
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