|
|
|
白亜のタージマハル
|
|
白亜のタージマハル。
デリーから電車で2時間ほどでアーグラに着く。この街はムガール帝国の首都として100年以上栄え、ジャハーンギールやアクバル大帝などが統治した。
|
 |
|
|
そして、この街の象徴タージマハルはデリーのラール・キラーを建てたシャージャハーンにより建てられた。大理石で作られた巨大な霊廟。この美しさは必見。
この建物にまつわる皇帝とムムターズ・マハルの物語。
ずっと眺めていたくなるような建物。
|
|
|
|
|
タージマハル
|
|
 |
1枚目。タージマハルを裏の河から眺めてみる。
見慣れない感じ。写真で見るとおもちゃのようにも見える。。
2枚目。タージマハルから中の庭を眺めてみる。
美しく整えられた庭、均整の取れた建物。インドの美の粋。
|
|
|
|
アーグラ城
|
|
アーグラ城。
ムガールのアクバルによって築かれた。
赤砂岩で作られているため、城全体が赤く、デリーのラールキラーと同じくRed Fortとも呼ばれる。
シャージャハーンの時代には城砦内の宮殿も充実した。そのため城壁の中に入ると白く美しい建物が迎えてくれる。
|

|
|
|
|
河越しに見るタージマハル
|
|
 |
アーグラ城から河越しに見るタージマハル。
距離もさほど遠くないのにはるか彼方にあるような気分になる。
美しきタージマハルを作ったシャージャハーンは、皇子であったアウラングゼーブに王位を奪われ、このアーグラ城に幽閉された。
|
|
|
そして幽閉された塔から自らが作り上げた愛するムムターズ・マハルの霊廟を眺めながらその生涯を終えた。タージマハルと対になるように対岸に自らのための黒いタージマハルを建てようとしたがその思いはかなわなかった。
タージマハルを巡る物語と、ムガール帝国の栄枯盛衰、その下で暮らした人々。
それから300年ほど。今も人々を惹きつける国。
|
|
|
|
デリーに残るイスラム建築
|
|
インドの首都、デリー。
この街に残るイスラム建築の数々。
イスラム、奴隷王朝の時代に立てられた70mを越える巨大な石造りのクトゥブ・ミナール。
そのイスラム寺院跡の敷地内には4世紀に作られたという鉄の塔。純度が100%に近いためほとんど錆びることもなく今もこの地に立つ。当時の技術力の高さ。
様々な宗教、権力がこの地に立ち、滅びていった。
|
 |
|
|
|
クトゥブ・ミナ−ル
|
|
 |
建設当時100mを越したというクトゥブ・ミナ−ル。
その敷地内にはそれ以上の塔を建てようとして作られた土台が残る。
それらの塔の下にあるイスラム寺院はインドで最古と言われ、ヒンドゥやジャイナ教の寺院の石材を使って作られたと言われ、中近東のモスクとは違った趣がある。
インドに溶け込んだイスラムを感じられる場所。
|
|
|
|
首都デリー
|
|
首都デリー。
12世紀ごろのデリー・スルタン朝から発展し、イギリスによる植民地時代にコニューデリーの整然とした区画が作り上げられた。
人の多さ、車の多さ、近代的な巨大なビルに、今にも壊れそうなビル。新旧のデリーの様々な顔が見える。
|
 |
|
|
|
ラール・キラー
|
|
 |
ラール・キラー。オールドデリーにある。
赤砂岩で作られた城壁に囲まれた姿からRed・Fort(赤い城)ともよばれる。
1640年ごろシャージャハーンによって築城された。赤く美しい城壁と城門。そこを抜けると中には白亜の宮殿があり、白大理石によるムガール芸術の傑作とも言われる。
インドの技術、芸術の高さが感じれれる建物の一つ。
|
|
|